1945年12月8日、騙された末の日米開戦

歴史の事実が明るみになるにつれ、日本はアメリカの罠にかかり太平洋戦争に突入していったことが明らかとなっていきます。
そして、それはまた、ソ連、イギリス、中国の策謀であったことも明らかなのです。
ルーズベルト大統領の嘘
第32代米大統領、フランクリン・ルーズベルト。誰しも名前を知っているのではないでしょうか。
そして、ルーズベルト大統領は英雄視されることが多いのですが、その実態はおぞましい策謀家であり、共産主義者の一面を秘めていたことが明らかとなっています。
1940年、ルーズベルトは大統領選に勝利し、3選を果たしています。
当時、ヨーロッパではすでに第二次世界大戦が始まっていました。ルーズベルトは、アメリカが攻撃を受けない限り、戦争には参戦しないから安心してくれと主張し、大統領選に勝利したのです。
第一次大戦の傷跡から、アメリカはヨーロッパの戦争に巻き込まれたくないというムードが漂っていたのです。その声を表面上は汲み取っての勝利だったのです。
チャーチルの望み
しかし、アメリカの参戦を強烈に望む人がいました。イギリスの首相、チャーチルです。ドイツとの戦争で劣勢に立たされ、なんとしてもアメリカの助けが欲しかったのです。
また、アメリカの参戦を望むのはイギリスだけではありませんでした。ソ連もまたドイツに攻め込まれ、苦しい立場にあったため、アメリカの参戦を望んでいました。
さらに中国もアメリカの参戦を待ちわびていました。日本との戦争で劣勢となっている中、アメリカの助けが欲しかったのです。
パールハーバーは見事に利用された
日本はドイツ、イタリアといわゆる日独伊三国同盟を結んでいました。これはアメリカをヨーロッパ戦線に参加させることに実に都合がよかった。
なにしろ、日本とアメリカが戦争を始めれば、同時にドイツもアメリカの敵国となるからです。チャーチルは日本がアメリカに戦争を仕掛けることを今か今かと待っていたのです。
何しろ、日本が真珠湾を攻撃したとき、チャーチルは、これで勝てると快哉を叫んだというのですから、いかにアメリカの国力が大きかったかがわかります。
日本はどうやっても勝てない戦争に追い込まれました。追い込んだのはルーズベルト、そしてその取り巻きにほかなりません。
日本が飲めない条件を次々と突き付けて挑発し、暴発するのを待っていたのです。
アメリカの常套手段
それはアメリカの常套手段でした。最初に相手にわざと攻め込ませる。それで反撃の正当性が生まれるというわけです。
日本もその罠にまんまと引っかかり、ボロボロにされました。そして、敗戦後の体制が今もなお続いているというわけです。
若い世代にとって、日本にアメリカ軍がいることに違和感はないのかもしれませんが、歴史的に見て、他国の軍隊が自国に駐留するなどというのは異常事態にほかなりません。
最後に
日本人はまじめで控えめ。それは美徳かもしれませんが、生き馬の目を抜く国際社会ではマイナスに働くことが多い。
外交はキツネと狸の化かしあいなのです。
アメリカの力が衰退していく今後、世界はますます混沌とし、カオス化します。このカオスを日本が生き抜くことができるのか。困難を極めているというのが実態だと思われます。
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