日本人を貧しくしたのは円高が原因。円高を放置した戦犯は誰か?

円高になれば輸出企業の採算が悪化するのは誰しも知っていることです。
日本は輸出依存度は低いといわれていますが、資源や食料が不足している日本は加工貿易で外貨を稼がなくては生きていけないのは明らか。
しかし、円高で日本の工場はどんどん海外へ逃げていき、日本人の雇用は失われ、残ったのは給与水準の低い職ばかり。それが現在の日本が貧困化している一要因であることは疑いようがありません。
目次
円高と工場の海外移転
為替レートの推移と責任の所在
1991年~1995年(内閣総理大臣)
1991年~1995年(大蔵大臣)
1991年~1995年(日銀総裁)
2007年~2012年(内閣総理大臣)
2007年~2012年(財務大臣)
2007年~2012年(日銀総裁)
結論
円高と工場の海外移転
為替レートの推移と責任の所在
1991年~1995年(内閣総理大臣)
1991年~1995年(大蔵大臣)
1991年~1995年(日銀総裁)
2007年~2012年(内閣総理大臣)
2007年~2012年(財務大臣)
2007年~2012年(日銀総裁)
結論
円高と工場の海外移転
1985年のプラザ合意以降、一気に円高が進みました。
にもかかわらずバブル景気に沸いた日本はまだまだ余力を残していたといえるでしょう。
しかし、バブル崩壊後の円高はさすがに痛い。2009年以降だけを見ても製造業の海外生産比率はじりじりと増加しています。

(出所:経済産業省)
当然、海外現地法人の売上は伸びています。

(出所:経済産業省)
行き過ぎた円高が無ければ日本に残っていたであろう工場が海外へ移転せざるを得なくなり、日本のGDPの成長を抑える一要因となりました。
為替レートの推移と責任の所在
以下は2010年を100とした円ドル為替レートの推移です。青線が名目為替レートの推移となります。

(出所:社会実情データ図録)
1991年から1995年の円高、2007年から2012年の円高、この2つの円高の波は長く続き、日本企業を痛めつけたと考えられます。
そして円高を放置した責任は、総理大臣、財務大臣(大蔵大臣)、日本銀行総裁の3者にあると断定できます。
ではいったいその当時の3者は一体誰だったのでしょうか?
1991年~1995年(内閣総理大臣)
・1991年11月まで 海部俊樹
・1991年11月から1993年8月まで 宮澤喜一
・1993年8月から1994年4月まで 細川護熙
・1994年4月から1994年6月まで 羽田孜
・1994年以降 村山富市
・1991年11月から1993年8月まで 宮澤喜一
・1993年8月から1994年4月まで 細川護熙
・1994年4月から1994年6月まで 羽田孜
・1994年以降 村山富市
わずか5年で5人って・・・。学級委員なみの入れ替わりです。
しかし中でも一番長いのは宮澤喜一。氏がこの時期のA級戦犯だと断定します。
1991年~1995年(大蔵大臣)
・1991年10月まで 橋本龍太郎
・1991年10月から1991年11月まで 海部俊樹(兼任)
・1991年11月から1992年12月まで 羽田孜
・1992年12月から1993年8月まで 林義郎
・1993年8月から1994年6月まで 藤井裕久
・1994年6月以降 武村正義
・1991年10月から1991年11月まで 海部俊樹(兼任)
・1991年11月から1992年12月まで 羽田孜
・1992年12月から1993年8月まで 林義郎
・1993年8月から1994年6月まで 藤井裕久
・1994年6月以降 武村正義
入れ替わりが激しすぎて何もわからないままに終わっていただろうと推測します。もはや誰もがB級戦犯です。
1991年~1995年(日銀総裁)
・1994年12月まで 三重野康
・1994年12月以降 松下康雄
・1994年12月以降 松下康雄
これはもう明らか。三重野氏はA級戦犯と考えられます。
2007年~2012年(内閣総理大臣)
・2007年9月まで 安倍晋三
・2007年9月から2008年9月まで 福田康夫
・2008年9月から2009年9月まで 麻生太郎
・2009年9月から2010年6月まで 鳩山由紀夫
・2010年6月から2011年9月まで 菅直人
・2011年9月から2012年12月まで 野田佳彦
・2007年9月から2008年9月まで 福田康夫
・2008年9月から2009年9月まで 麻生太郎
・2009年9月から2010年6月まで 鳩山由紀夫
・2010年6月から2011年9月まで 菅直人
・2011年9月から2012年12月まで 野田佳彦
いったい短期間に何人入れ替わったのかと驚かされます。
総理大臣という立場上、全員A級戦犯と断定します。
2007年~2012年(財務大臣)
・2007年8月まで 尾身幸次
・2007年8月から2008年8月まで 額賀福志郎
・2008年8月から2008年9月まで 伊吹文明
・2008年9月から2009年2月まで 中川昭一
・2009年2月から2009年9月まで 与謝野馨
・2009年9月から2010年1月まで 藤井裕久
・2010年1月から2010年6月まで 菅直人
・2010年6月から2011年9月まで 野田佳彦
・2011年9月から2012年10月まで 安住淳
・2012年10月から2012年12月まで 城島光力
・2012年12月以降 麻生太郎
・2007年8月から2008年8月まで 額賀福志郎
・2008年8月から2008年9月まで 伊吹文明
・2008年9月から2009年2月まで 中川昭一
・2009年2月から2009年9月まで 与謝野馨
・2009年9月から2010年1月まで 藤井裕久
・2010年1月から2010年6月まで 菅直人
・2010年6月から2011年9月まで 野田佳彦
・2011年9月から2012年10月まで 安住淳
・2012年10月から2012年12月まで 城島光力
・2012年12月以降 麻生太郎
いったい何人変わっているんだって話。ここまで変わると財務官僚は政治家を舐め切っていたと推測します。
どうせすぐにいなくなるんだから面従腹背で放っておけばいなくなる。
命令など従うふりして時間稼ぎをしておけばよいし、どうせ新しく来てもよくわからないのだから、官僚が思い通りに政治までをも動かしていたと考えられます。
全員がB級戦犯と言いたいところですが、菅直人氏と野田佳彦氏は財務大臣を経て、首相になっているのですから責任は重大。A級戦犯です。
2007年~2012年(日銀総裁)
・2008年3月まで 福井俊彦
・2008年3月以降 白川方明
・2008年3月以降 白川方明
在任期間の長さから言って、白川氏はA級戦犯、福井氏はB級戦犯と断定します。
白川氏はリーマンショック後の金融緩和で世界各国に遅れをとり、相対的に円が高くなってしまったことは広く知られたところです。
結論
今日の日本国内の産業空洞化を招き、日本人の貧困化を引き起こした責任は以下の者にあるというのが個人的な見方です。
・宮澤喜一
・三重野康
・安倍晋三
・福田康夫
・麻生太郎
・鳩山由紀夫
・菅直人
・野田佳彦
・白川方明
元政治家、元日銀総裁、故人はともかくとして今だ現役の政治家もいます。
次の選挙では責任を取ってぜひとも落選していただきたいと切に願います。
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