キーストロークで銀行は無限にお金を生み出せるという嘘

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MMT(現代貨幣理論)は経済運営の基準をインフレ率に置き、政府の債務残高などは考慮しないという点で画期的です。

もちろん自国通貨を持ち、債務が自国通貨建てであることなどの制約があることは承知しておりますが素晴らしい理論であることは明らかです。



MMT論者の行き過ぎた主張


それにしても、MMT識者の主張にはいささかおかしな点が混じり込んでおり、それがMMTがトンデモ理論であるかのごとく攻撃される糸口を与えているように感じます。

以下は経済評論家の三橋貴明氏の主張の一部抜粋です。

銀行の貸し出しが預金(おカネ)を生む。つまりは、借り手(資金需要)が存在する限り、銀行は無限におカネを発行できる。もっとも、現代は銀行準備制度の下、銀行は預金の一定割合の金額を「日銀当座預金」として保有することを義務付けられている・・・

あたかも銀行は無からお金を無尽蔵に発行できるかの如く主張しています。いわゆる万年筆マネー(最近は万年筆などは使わないのでキーストロークマネーなどと言われるようである)と呼ばれるものです。万年筆マネーの概念は正しいですが、その本質について誤解をされているようなのです。あるいは誤解させようとしているのかもしれません。

万年筆マネーで無限に貸出可能?


冷静に考えて明らかにおかしいと感じるのは私だけでしょうか。

例えば、自己資本100億円で預金残高0円の銀行がA社に1,000億円の融資をすることができるのでしょうか。預金を集めるか、他の銀行から借りるか、日本銀行から借りなければできないと思うのです。

しかし三橋論でいけば、銀行は通帳に1,000億円と書くだけで、通貨を発行できることになり、資金調達の必要などないかのようです。

そんなことはありえないのではないか。通常考えられる資金の動きを見てみましょう。(日銀準備預金などは無視し、話を単純化しています。)

まずは当初の銀行の貸借対照表です。

20200626_1.jpg

ここから貸出のため資金調達したときの貸借対照表は以下となります。

20200626_2.jpg

そして、A社名義の口座に貸出を行った場合の貸借対照表です。

20200626_3.jpg

ここでもし、A社が1,000億円を現金でほしいといった場合はその現金を用意しなければならないため、以下のようになります。(他の銀行に振り込む場合も基本的に同じ考え方です。)

20200624_4.jpg

そして、現金を払い出した後の貸借対照表は以下のようになります。

20200626_5.jpg

三橋氏がいう万年筆マネー(キーストロークマネー)は上記図の上から3つめの貸出金を意味しているのでしょうが多くの人に誤解を与えることになるでしょう。

預金通帳に万年筆で書くだけでお金が生まれるのは、あくまで裏付けとなる資産があるからこそできることなのです。

資金の調達先と融資先が違うために、あたかも0から1,000億円が生まれたかのように思えてしまうということです。

三橋論が正当ならこうなる


まずは当初の貸借対照表です。

20200626_1.jpg

何の資金調達もなしに貸出を行う(預金通帳に記帳するのみ)。

20200624_6.jpg

A社が融資されたお金をそのまま口座に置いておくはずがなく、預金は払い出されていく。

20200624_7.jpg

銀行は何かしらの資金調達をしなければ資金ショートしてしまいます。そのようなことが起こらないように銀行はあらかじめ資金繰りを考えておくのです。

貸出の裏には資金繰りが必要


三橋氏の主張は、そのような意図はないのかもしれませんが、まるで銀行は0から1を生み出すことができるかのような印象を与えます。

日銀準備預金という制度がなければ、銀行は無限にお金を発行できるというのが三橋氏の主張なのですからそう思うのが普通でしょう。

しかし、その裏では銀行は資金調達による資金繰りを行っているのです。預金を集めるのも資金繰りの一つの手段なのです。

そもそも論として銀行の貸出枠にはBIS規制による上限があります。ざっくりといえば、国内業務を行う銀行は自己資本の25倍までしか融資ができません。

自己資本100億円の銀行であればマックス2,500億円までしか融資できません。万年筆マネーうんぬん以前にこの時点で三橋氏の主張は完全に間違っています。

まとめ


MMTはすばらしい理論だと思いますし、財政破綻論者のプロパガンダへの怒りはごもっともですが、三橋氏もまた財政拡大のためにプロパガンダを流している感があり、ミイラ取りがミイラになりかねない様相なのです。

財政破綻論者が嘘のプロパガンダを流している一方、財政拡大論者も嘘のプロパガンダを流しているという図式になっています。

正確な主張をしなければ、財政破綻論者に付け入る隙を与えるだけだと思うのです。実務を知っている財務官僚に冷ややかに馬鹿にされてしまうのです。そして、トンデモ理論とされてしまうのです。だからこそ、正しい主張をしてもらいたい。

無論、私は現状のような経済状況ではデフレ脱却のために大規模な財政拡大をするべきという点で三橋氏と同じ考えなのであります。心底応援しているのです。頑張ってもらいたい。

当方が大きな誤解をしているのならばご指摘いただけると幸いです。

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コメント

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No title

僕は、MMTというのは、貨幣は「物」ではなく、単なる情報のやり取り、すなわち、負債と資産の数字が動くだけであるというところだと思います。
貸し出しの裏には資金繰りが必要だというのはその通りだし、それ自体は否定しません。
けど、その「資金」も、現金紙幣等の「物」ではなく、どこかで生まれたキーストロークマネーであり、その数字の動きに過ぎないと言っているのだと思います。
つまり、MMTは貨幣のもとは、現金という「物」ではなく、どこか銀行の信用創造によって生まれたキーストロークマネーであるという主張なのではないのでしょうか?つまり、貨幣のプールは存在しないというところが本質だと思います。さらに銀行とノンバンクの違いという点でもキーストロークマネーの説明はわかりやすいと思います。

Re: No title

現代貨幣理論(MMT)の肝は、経済運営の羅針盤を財政収支や債務対GDP比などに置くのではなく、あくまでインフレ率に置くことだと思います。

国の債務がいくら増えようと通貨主権をもっている日本やアメリカ、イギリスなどの国は財政破綻しないため、余計な心配などせず、デフレ期には積極財政に打って出るべきことを示唆しています。

プライマリーバランス黒字化を目標にしていた竹中平蔵さんが、朝まで生テレビで財政均衡論は間違っていたと認めたのは衝撃的でした。

日本も早くデフレから脱却できるといいですね。